想定外のお誕生日ー南仏編
さて。来る「わたしの」お誕生日をどこで過ごすか。それがこの旅の道中で決めなければならない問題?であった。おフランスでお誕生日を迎えるのである!仇やおろそかにはできぬ?のだ。
エクスでのセザンヌ先生との邂逅を果たし、いよいよ紺碧海岸を目指す時が来た、と思った。いろいろ候補はあったのだけど、やっぱり海がいい、海辺に行こう!
こう決めて「地球の歩き方」を端からじっくり検討し始めた。そして決めた。Cassis(カシ)に行こう!
マルセイユからちょっと南下したところにその港町はある。ガイドブックにそうは書いてなかったけれど、私的には、神奈川の逗子・葉山の雰囲気が漂うまちに見えた。ヨットハーバーがある素敵な海の写真が並んでいたのである。おまけに(結局これが決め手だったのだけれど!)そこには「白ワインのすばらしいのがある」と書いてあった。今でこそあまりお酒は飲めなくなったが、あの頃はまあじゃんじゃん飲んでいたのである。これはもうパーフェクト中のパーフェクトな場所じゃないか。
港のレストランでその白ワインにシーフードでお祝いなのだ。これまでの旅は節約してきたけど、お誕生日は特別大盤振る舞いでいく!きっちりお祝いしちゃう!と、これまた意気揚々とエクスを後にした。
バスを乗り継いで、いくつかの山を登ったり降りたりした後、とうとうカシらしき風景が窓からも見えてきた。夜のお祝いを思い、ひとりバスの中でにやにやしながら、海だー!誕生日だー!と心はお祭り騒ぎだった。
バスを降りて、早速観光案内所に行った。いつもだったらあの、なるべく安くてなんて遠慮がちにお願いしてきたのである。が、今日は違う。いいよいいよ、今日のお宿はちょっと奮発するよ☆と、余裕の笑顔でデスクの向こうのお姉さんに今夜からの宿をお願いした。
「あのね、いっぱいなの。もう満室なんです。」
??いや、だいじょうぶ!今回はそりゃ5つ星に泊まれって言われても困るけど、だいじょぶ!最安じゃなくていいの、バックパッカーのお宿じゃなくて、あの、あの、
「ヨットレースがあるんです。だからどのホテルにももう部屋はないんです」
ちょっと気の毒そうな顔をしながら、でもそのお姉さんはきっぱり言い放った。
ヨットレース!?想定外の問題勃発。しかし旅行会社に勤めていた私にはわかる。イベントの時のお宿のイッパイ具合というものは常軌を逸しているのだ。もはや海を眺めながらのレストランらんらん、なんて言ってる場合じゃない。もうお昼時間もとっくにまわっていた。ひとり旅では出来るだけお昼頃までには宿を決めたい。しかし何よりこの状況が想定外すぎて、他の候補も考えてない。さて一体どうしよう??
いったん問い合わせの列から離れて一呼吸しながら考えた。仕方ない。じゃあこの近郊のまちを紹介してもらおう。こんなに海があるんだし、カシの町なかじゃなくても他になにかあるかも!
気を取り直して、再度さっきのお姉さんにお伺いした。わかった。カシは諦める。どこか代案を紹介してもらえないかな?
「ここから10kmくらいいった山の中の農家民宿だったら部屋があるかも。電話してみる?」
え?の、農場。。。せ、せめて海がいいのだけれど。。。どこか他の海辺のホテルはないでしょうか。。。
「ここから一番近いのはLa Ciotat(ラ・シオタ)。でもここではホテルのことはわからない。どうする?農家に電話する?」
。。。お願いします。
お姉さんに畳みかけられて、思わずお願いしてしまった。嗚呼、これでお誕生日は海がないところで過ごすんだ。。。ちょっと前に泊まったスイスのヴィンタートゥーアの農家民宿が思い浮かんだ。ああ、鶏が鳴いてた。牛もいた。。
「民宿、空いてたわよ。これが住所です。タクシーで行くといいですよ、これドライバーに見せて」
お姉さんが手元の民宿リストに赤まるをつけてくれた紙をくれた。
「あ、ありがとうございました。。」
またまたしゅん、としながらその紙を手に外に出た。確かに、まわりを見回すと大勢の観光客とヨットが港にもいっぱいだった。まさにヴァカンス♡といった風情の人たちばかり。
。。。やっぱり絶対、海がいい。
今思い返してもどうやって!?自力でホテルを探したのか覚えていない。けれど、猛然と調査を開始し、お姉さんが言っていたまち、シオタの宿に見当をつけ電話をした。多分お姉さんのくれたリストに載っていたのだと思う。もう念力レベルの行為である。すぐ電話に出たおじさんはめちゃめちゃ陽気な声で「部屋?もちろん!あるある!おいでおいで!」と言ってくれて、あんまりほっとしてちょっとうるっとした。早速、タクシーでその宿に向かった。
ラ・シオタ。。。神奈川の方なら想像がつくかもしれない。着いてみると、そこはまるで湯河原のようなまちだった。ほんとうは葉山に行くはずだったのに!(け、けして湯河原をdisってなどおりません、ごめんなさい)そしてタクシーのおじさんが私を降ろしてくれたのは、まさに、フランス版海の家、といった風情の簡易なお宿だった。ひとつだけ決定的に違ったのは、レストラン部分である。日本なら畳敷きにテーブルが並んでいるのような場所に木調のレストランがしつらえてあって、いくつもテーブルが並んでいた。そして、その奥からおそらく電話の主であろう陽気なおじさんが飛び出てきた。
「電話の子!よくきたよくきた!」
と、英語混じりのフランス語でよくわかんなかったけど、なんだかめちゃめちゃ歓迎してくれた。案内された部屋はほんとに!夏だけの掘立小屋、みたいな感じで笑っちゃったけど、ともかく念願の海辺に着いたのだ、よくやった私。朝、エクスを発った時にはこんなことになるなんて夢にも思ってなかった。。まったく人生ってやつはもう!
夜がきて、さっきの民宿のレストランに行った。さっきのおじさんが、ちゃんと黒服に着替えていて出迎えてくれた。英語とフランス語ちゃんぽんで、今日は私の誕生日なので、おいしいワインが飲みたいんだ、NOT高いのね、って伝えたら、おおおお!とそのおじさんはこれがいいこれがいい、って白ワインを手に、まだーむ、おたんじょびおめでとうなんて言いながら、恭しくそのワインを注いでくれた。
他に1~2組のカップルと家族がいたと思う。ほとんどテーブルは空いていて、おかげで私は海風を満喫しながら、ひとりのんびりとワインを飲み始めた。黒服のおじさんは、他のお客さんのところと行ったり来たりしながら、私のグラスが空にならないよう、その都度おめでとう、まだーむ!とワインを注ぎに来てくれた。
お願いしたシーフード料理はたっぷりと量があって、おいしくて、ようやくそこを楽しめるほど落ち着いてきた。それにしても!またなんの因果でこんな所に行き着いて、こんなディナーなんてしちゃってるんだろう?と朝からの騒ぎを思い出してはまた、ひとりで笑い出してしまった。酔いがまわるのがきっと早かったのだろう!
日本人の女の子!(私は童顔なのである)がひとりでいきなり飛び込んできて、お誕生日だ、ワイン出せ、みたいに言っちゃって、さ!ワイン片手に私が楽しそうに見えたのか、黒服のおじさんがウインクしながら(笑)おめでとー!って、ちょっと離れたところから小さくばんざいしてくれてた。昼間とは打って変わって、ぱりっと白いクロスがかけられたテーブルは気持ちよかった。潮風も。
翌日おじさんにお礼を言い宿を出て、ニース方面に向かうことにした。ラ・シオタの鉄道の駅までのバスがあると聞いて、バス停で待つこと2時間。。バスは来ない。。嗚呼、なんてお誕生日だよ~と諦めて、タクシーに乗った。するとあっけないほど駅はすぐそばにあった。そしてその駅は、かのリュミエール兄弟がはじめて(大学の映画の授業で習った!)と言ってもよい、映画の映像撮影をした場所だったのだ。テストにも出たくらい重要出来事だったのだ。駅に着いて、それを思い出した。そっか、ここだったのか!
この誕生日の日の顛末を思い出すと、今でもちょっと不思議な気持ちになる。なんだか自分の思い通りなのか、思い通りでないのかもわからず、馴染みのあるものと全然異質なものが混然一体となっていて、なんとも名状しがたい気持ちになるのだ。今でもなお。
この旅のメッセージを、私の意識はまだ理解できずにいるのかもしれない。ああ、そういうことだったのか、という思いに至る日が来るのか、どうなのか。
今思うことは、嗚呼、これって私の人生そのものっぽいな、ってことだけである!
(つづく)