Warumiの柱

「こころミュージアム」のキュレーター。Warumiの「こころの魔法」研究報告です☆

マントンは魔法のような海辺のまちだった

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さて、旅もようやく終盤へと差し掛かった(思いのほか、長々とお届けしております~)。

旅のラストは待望のコート・ダジュール!透き通るような青がまぶしい紺碧海岸である。ニース!カンヌ!高校生の頃に読んだサガンの「悲しみよこんにちは」の、あの舞台にこの足で立つのだ。セシルがシリルとヴァカンスを過ごした海辺。そしてグレース・ケリーモナコももちろん外せない。忘れちゃいけない!のは、私の愛すべきコクトー!~恐るべき子供たちアンファン・テリブル)のまちマントン。もちろんマチスの足跡も辿らなくちゃ。ヴァンスにあるロザリオ礼拝堂には絶対行こう。

いやはや!今思い出しても、盛りだくさんの旅である。

ラ・シオタを出て、まずマントンへ向かった。ニースやモナコを通り越し、このイタリアとの国境のまちに行こうと思ったのは、もちろんコクトーともうひとつ。レモンである。マントンが有名なレモン祭りの場所だってことを知ったからだ。

ee.france.fr

www.fete-du-citron.com

お時間があれば、ぜひこのレモン祭りのサイトをご覧ください!簡単に言ってしまうと、札幌の雪まつり雪像があるじゃないですか?あの雪像をつくる雪の代わりにレモンとオレンジを使ってあらゆるオブジェ諸々をつくっちゃうってのがこのレモン祭り。もう聞くだけでテンションがあがるってもんじゃないですか~♡ニースのカーニバルも有名だけど、個人的にはダントツでマントンのレモン祭りの勝ち?なのである!

残念ながらこのレモン祭りは毎年春に行われる。訪れたのは折しも盛夏。でも、電車の車窓から見る海とその背後にせまる小高い丘に密集する、これぞ南仏の風景と叫びたいような旧市街の街並みに心が弾んだ。そう、ここだ。間違いない。こここそ、私が来たかったところ!

電車を降り立ってまちを歩き出した。その不思議な、ここが好きだ、という思いは、一歩、また一歩とこのまちを歩くうちに、私のなかでどんどん強い確信めいたものになっていった。

そう、マントンは不思議なまちだった。いろいろ魔法がかかっていた。この後にニースを含めて、近郊の海辺のまちや、観光地として有名な場所にもいろいろ行ったけれど、マントンはどことも違った。このまちの不思議な雰囲気に私はもう、最初から魅入られてしまったのだと思う。

早々に思い通りの宿を確保し、ゆっくりと歩きながら海辺に出た。海面は、もうダイヤモンドをぶちまけたみたいにキラキラしていて、それがあまりに美しいブルーグリーンで、私は文字通り言葉を失った。すっごーい!!何この海の色!?

海辺に座り、しばし呆然としながらサンドイッチを食べた。なんだろう、夢みたいにキレイすぎるじゃないか。。。キレイすぎて現実感が失われてしまう感じ。ああ、やっと「ここ」に辿り着いたっていう、ほっとした気持ちと、嬉しくて矢も楯もたまらない感じ。

長い時間、ぼーっと海を眺めた後、いざ!とばかりに海辺をただずっと歩き始めた。しばらく行けばイタリアとの国境があることがわかっていたから、そこまで行こうって思ったのだ。海辺の景色はしばらくすると、ヨットが山のように停泊しているハーバーに変わり、そのもうちょっと行ったところがイタリアとの国境だった。もちろんパスポートコントロールなどない。ただ、プレートがここが国境だと示しているだけ。ひとりで国境のラインをまたいで記念撮影した。ここから先はイタリアかー!このまま進みたい気もするけれど、まあ、まずはマントンなのだ。

国境に背を向け、またもと来た海岸線を歩き始めた。左手に見る海の景色、右手に迫る旧市街の美しい街並み。ちょっと歩くとすぐに双方の表情が変わって、あまり写真を撮るのが好きじゃない私でも、数メートル置きにシャッターを押さずにはいられなかった(ええ、もちろんカメラはフイルムの時代です)。時にしゃがみ込んだり、時にベンチに乗ったりして、夢中で写真を撮り続けていた。

どれだけ写真を撮った時だったろうか。いきなり後ろで声がした。振り返るとひとりのマダムが後ろから私に何か言っていた。流ちょうな英語だった。

「ずいぶん熱心ね。このまちを取材しに来たの?」

と彼女は私に尋ねた。とんでもない!観光で来たの。でもあんまりきれいだからたくさん写真を撮っているところです。

「そう、そんなに気に入ったのね。あなた時間ある?ついていらっしゃい、まちを案内してあげる」

驚いたのと嬉しいのとで、弾むようにお願いします!と言い、彼女の後ろを追って歩き始めた。マダムの足ははやかった。しばらく海沿いを歩いたのち、海辺から旧市街のまちなかに上がっていくと、マントンの表情はまた一変した。途端に時間が後戻りして、いつの時代にいるかわからなくなった感じ。

迷路のようなその旧市街の道を、ひらりひらりとマダムは歩きながら、ここは何世紀頃のレリーフが残っているところ、この建物はここで一番古いもの、ほら、この下をのぞいてごらんなさいな、この柱の模様美しいでしょう?と、矢継ぎ早に私にいろいろなものを見せてくれた。その模様や建物は何百年を遡るようで、まるで不思議の国のアリスが、別世界に迷い込んでしまったかのような、そんな魔法のような時間の中に私たちはいた。

しばらく細い道を右に左に歩いた後、いきなり視界がひらけた。教会の前の庭のような場所が現れたのだ。そして陽のまぶしい世界に戻ってきた。小高い丘の上に建つ教会の前庭は、白や黒の石のモザイク模様がすてきで、そしてなによりバルコニーのようにマントンの海を一望できる場所にあった。

速足で歩いてきたマダムは一息つくようにして、その中庭から海を眺めながら言った。

「マントンはね、私にとっていちばんすばらしい場所なの」

「私もね、若いころはパリに住んで、世界中いろんなところに旅をした。でもね、もう私はどこにも行く必要がない。なぜならね、このマントンが私にとってBest Placeだって知ってるから」

そう言って一息つくと、じゃ、マントン滞在を楽しんでね、ボンボヤージュ!と短く言って、あっという間に去った。驚くほど鮮やかな去り際だった。

それは白昼夢をみているかのような時間だった。さっきこのまちに着いたばかりだっていうのに、もうこのまちのことをいろいろと知っている。観光の場所とか、この教会が何世紀に誰が建てたとかそういうことじゃなくて「ああ、わたしはこの場所を知った」っていうなんとも不思議な感覚。

まだ陽は高かったけれど、ちょっとだけ風が涼しくなってきた。その風に吹かれながら、その手すりにもたれかかり、私はまた長い時間海を見下ろしていた。ああ、なんて時間、なんて経験だったんだろう!

そして、今ここでこうやって思い出しているように、この時のこのマダムと彼女のことばは、今も尚、時折わたしの胸のなかに戻ってくる。あの不思議な時間といっしょに。

わたしはわたしの場所を見つけられただろうか。

それともまだ旅の途中なのだろうか。

いつかまたマントンに戻りたい。戻ったらきっとあの教会の前庭に行くんだ。その時、海を見下しながら私はいったい何を思うんだろう。

これが何十年か前の南仏の思い出。

一日遅れのお誕生日のプレゼントみたいな時間を、こんな風に思い出しながら、私はここの海辺で元気にやってますよ、とあの日の自分に伝えてあげたい。今はそんな気分なのである。