Warumiの柱

「こころミュージアム」のキュレーター。Warumiの「こころの魔法」研究報告です☆

「お察し力」の副作用

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普段の生活の中で割とよく自分が感じる関係性には、一定の傾向があるように思います。

言葉はちょっと過激ですが、所謂「加害者」と「被害者」との関係性というものが、日常生活の中で自分のこころの中に割と頻繁に登場するというパターンがあるように思って、今日はそのお話。

加害者・被害者、なんて聞くとまるでそれは事件のようだけれど、本当の事件にまつわる話じゃなくて、自分のこころのスタンス/状態を表していると解釈頂ければ幸いです。

わかりやすく言うと、パワハラ上司が「加害者」、そのパワハラ上司にいじめられているA君が「被害者」の関係性のような感じ。パワハラ上司のせいで、A君がひどい目に遭わされている、ってこと。

で、こうやって人対人の中でこの関係性を見るとわかりやすいんだけれども、この関係性って、実は、結構繰り返されて強化されちゃうパターンでもあるんじゃなんじゃないかな、と思う。

例えば。あなたが道を歩いている時に前から、ものっすごい態度の悪い風の人が歩いてきた時。いかにも横柄で、絶対自分から道を譲らないってか、他人をどけても自分はまっすぐ歩くタイプのように見える。事実、こちらに近付いて来たけど、そのまままっすぐ突っ込で来そう。

そんな人に出くわした時の、自分の中に出てくる感情にちょっとフォーカス頂きたい。

あなたはその時、どんな感じ、感情をお持ちになられるでしょうか?

そんな時、あんまり関わりたくないから道を空けました、というように反応される方が多いのでは?と思う。いや、タイマン張るよ!って方もいらっしゃるかもしれないけれど、まあ、大抵の場合、めんどくさいことにならないように関わらないようにしようと判断される方が多いんじゃないかと思います。

で、道を空けた後のご自身ってどんな感じ、反応になりますか?へんな人!って思って道を譲った後、そんなことすぐ忘れちゃう方。或いは、へんな人!って思って道を譲った後、なんかムカついてきた、なんだあいつ??と腹が立ってくる方。まあ、時と場合によるよね、という方もいらっしゃるかもしれないけれど、こういった時の自分の反応のパターンに、ちょっと注視してみて頂きたい。

もし後者のように、自分が何か行為をした後に腹が立ってくることが多いっていう方。もしかして、ですけど、普段から「お察し力」高めの気遣いの人じゃないですかね?相手を見て、自分の発言とかポジションとかそういうのを調整する。で、相手に対して自分が合わせてあげることが当たり前になっていませんか?

この「お察し」能力。これって、これまで日本人の美徳というか、一世代、二世代前の世代においてはこれが出来ないとむしろダメ!っていう価値観ががっちり、きっちりあったように思う。とにかく察しながら一歩先回りの行動が出来ないとダメ!みたいなね。

この「お察し」出来る力。それって結構レベルが高い。それってまわりを色々見て、おまけに自分でこうしよう、ああしようと行動出来るからこそ発動できる能力なんだけれど、ひとつだけ問題があって、それがこの「お察し」力を発動した後に湧いてくる自分の感情なのである。

「お察し」した後に、腹がたったり、なんで私だけがいつも!?というような感情が現れがちという方。それってね、冒頭にお伝えした、自分を常に「被害者」のポジションに置いてしまうパターンをお持ちであるかもしれないです。

でね。被害者ポジションになること自体には、私個人的にはさほど問題はない、と思うんですよね。それって物語の役割みたいなものだから、この劇では被害者の役をやってますよ、で済んじゃう話だと思うんです。あ!念のため、これってもちろん本当の事件とか事故とは別のお話です!自分のこころの中の話ですので悪しからず~。

ただ、この被害者ポジションなんですけどね。ひとつだけ自分をそのポジションに置いてしまう副作用、というか弊害がある。それが「無力感」ってやつです。加害者は被害者に被害を与える「力」を持っている。だからその力で被害者をねじ伏せるというわけです。ってことは、被害者っていうのは、加害者に比べて弱い存在、と言ってもいいかもしれない。だから、この加害者・被害者の関係性がこころの中に現れた時点でね、人って、自分はこのことを解決する力がない、なんてね、どうやら自己暗示をかけてしまうみたいなんですよね。

だから、自分を被害者ポジションに置きがちなパターンをお持ちである場合、「自分には何の力もない」と、無意識のなかでつよーく思っておられる方が多いかもしれない。

でもそうやって顕在意識の中で思うのっていやじゃないですか?はっきり自分の中に「私はこの人/状況に何もできない」なんて思うのって相当いやだし、つらい感じ。救いがない。自分の人生を自分で生きてない感じさえしちゃう。

だからこそ、ムカつくんですよ。腹がたつんですよね。なんで私は無力なのさ?と。実はそれって相手じゃなくて、その無力な自分に向けられた感情でもあるんですよね。でもそのムカつく感情を、ただでさえ無力を感じている自分に対して向けたくないじゃないですか?武士の情け、というものがあるわけですよ。だからそのムカついた感情を、相手とか状況に向ける。かくしてなんだあいつ!?ムカつく!という感情が相手に向かって湧き出てくるわけです。

でね、そうするとまた自分が被害者ポジションになる→無力感が訪れる→感じたくないからもっと相手とか状況に怒る/責める、という無限ループがね、やってくるんですよ。もう無間地獄的。常につらい。自分を生きられない。だからまた相手や状況を責めてしまう。

ですからね。もしあなたが「お察し力」がとても高くて、自他共にそうだけど、それにハッピーじゃない、まわりや人にムカつくことが多いよってことがあったら、それは副作用が出過ぎの状態ですよっていうサインかもしれないです。

そのまま「お察し」し続けてしまうとね、どんどん自分が何もできない、自分では何も決められない、自分は何もない、という思いでイッパイになっちゃう。

本当はね、それって自分が無力な人間だからじゃないんですよ。逆なんです、逆!「気遣い」し過ぎているから自分が無力に感じちゃう。

まあ、急に「お察し」をやめるっていうのは難しい。これってある意味オートマティックに出てきてしまう態度だからです。やめろと言われても、ね。なかなか最初は難しいかも。だからまず、この気遣いと無力感のからくりがあるよーってことを知って頂けると良いなと思いました。で、「お察し」した後に相手にムカついたら「あ!わたし、今、自分を無力の人にしようとしてる!」ってね、自分に向かって言ってみて頂きたい。こういう地味~な繰り返しが結構ボディブローのように効いてくると思います。

即効性はないかもしれませんけれどね。一定の時間がたつとあれ?最近ちょっと気分が楽かも?なんてね、思われるかもしれません。魔法みたいにね。お察し力が高くて、お察しした後に相手にムカついちゃう傾向がある方、ぜひお試しください~。

 

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