Warumiの柱

「こころミュージアム」のキュレーター。Warumiの「こころの魔法」研究報告です☆

筋が通っている自分じゃなくちゃダメだって思ってた頃のこと。

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自分のなかに矛盾があるってことを、どうも許せない時期があった。特に若い頃。

矛盾を持つってことと、変節漢ってのは、今だったら違うよなあ~ってちょっと笑ってしまう感じもあるのだけれど、とにかく一本筋が通ってるってことは私にはとても大切なことだったらしい。

どうして一本筋が通ってるってことがそんなに大切だったかっていうと、一本筋が通ってるってよりも、そうやって人から「見える」ってことが重要だったらしい。

何度も登場してくれている私の父だけれど、彼はほんと「女優」って感じの人でですね。自分のことだけ語ってくれていればよかったのだけれど、自分のことと同じくらい家族のことや家族の出来事についても、そりゃもう恐ろしいほどの脚色つきで、他人に語るのが大好きな人だ。

事実を知る家族として聞くに堪えないほどの脚色いっぱいで、得意げにとうとうと話を捏造する父の横っ面を何度貼り倒したいと思ったことか。それを聞く他人の反応が気になって気になって、私は父を睨みつけながら、話の聞き手の表情をずっと窺っていた。それこそ話に酔ったように行きつ戻りつするくどい話(けしておもしろくない)、お涙頂戴的なやすっぽい自己顕示欲満載の話。それは自分を一見下げているように聞こえるのだけれど、実は「ね、僕って、僕の家族ってすごいんです!!」のリフレインが叫んでいるだけの話。

ひどいときは、どこかのドラマや週刊誌やニュースの家族の話が、いつの間にか家族の話に置き換わってしまい、私はもう、恥ずかしさとみっともなさで身の置き所がなかった。家庭の中はあんなにめちゃくちゃだったのに、父の話の中の我が家はまったく違ったもので、でもお涙頂戴の要素が入っちゃったり、その時々で筋が変わったり、まあ一言で言えば陳腐なサクセスストーリーってのが定石だった。

今思えば、彼は彼が主人公のシンデレラストーリーを語りたかったのだな、と思う。自分がどんな苦労をして、どんなひどい環境でも希望を失わず、よい子でいたから魔法がかかって、ほら!今やもう貴族に囲まれたお城の中心はあなたですよっていう、そういう物語。彼にはそれが必要だったんだろう。

そんな浪花節の、その時々に全然事実と違う、そしてその前に話された話とも違う、そんな恥ずかしい話を聞かされる度、ああ、こうなってはいけないのだ、と私は深く心に刻んだ。

多分きっかけはこれだったのだと思う。出来るだけ誠実に、ウソを排除し、筋が通った自分でいなければならない。あんな恥ずかしい大人にはぜったいならない。

そうやって私は自分を律したんだろう。それでも、血というものは争えない。どうも私の中に、話をおもしろくしたい!という欲があるってことに、私は気が付いていた。だからこそ余計に矛盾があっちゃいけない!前にこう言ったら次も同じように話さなくちゃいけない!って、ものすごく気を付けていた頃があった。

これも後から思えば、だけれど、父を見る他人の視線が気になって気になって仕方ないっていう、あの感覚のまま世間様と渡り合っていたのだ。あんな風に他人様からうすっぺらく見られるなんて耐えられない!私は違う!って、そう思ってたんでしょうね~~

しかし、父とは真逆な方向だったけれど他人の反応が気になって仕方がない、他人の反応のために自分を調整するっていう才能?は着実に受け継がれた。

告白すれば私はもう、大変な気分屋さんでご気分によってその時の感覚っていろいろ変わっちゃう性質なのだった。でも、そういうった自分がどうしても容認出来なかった。それしちゃったら父と同じになっちゃう、それはなんとしてでも阻止しなければ!と私の無意識界はものすごい圧を私にかけていた。

だからもう、昨日白だ、と言ったことは今日も白でなければならなかった。あれ?今日はピンクに見える!って思っても、いったん白、と決めたらそれは白なのだ。

あの人は白。あの出来事は白。そうやって一度自分でジャッジしたもの、言ったことは変えちゃいけない。なんで?って、それは他人から「いいかげんな奴」って思われちゃうから。他人から蔑まされたくなかったから。

しかししかし。もともと私ってあんまりそんなにお堅くはないのだ。けっこー真面目ではある。それは認める。でも本来の自分はけっこーいいかげん、な成分が多いのに、これをやり続けるってほんとに大変だった。

何が大変だったって、それじゃ人といてラクになれないのだ。一度誰かのことを、白って言ったらもう白で固定しちゃう。そういうのって、まあ、最初にこの人好き!って思った対象に対して、忠誠心的なものを持ち続けるためには役にたったけれど、それ以外はあんまり必要なかったと思う。揺れて動く自分の感覚を叱りつけて、この人は白でしょ!って思い続けるって、実はものすごい負荷がかかっていたんだな~ってある時、ずいぶん大人になってから気が付いたのだ。

そうかそうか、私も父と同じ、そんなに他人さまの評価がたいせつだったのか、っていう思いがある時にかーん、と自分の中におっこちてきた。なんだ、あんなに嫌ってたのは父のことじゃなくて、自分のことだったのか、と。

もちろん今でも父は「それってどんなメロドラマよ!?」という話をやめていないし、相変わらず私はそれを黙っては聞いていられない。それは変わらない。ひとつ違ったことって言えば、今はその話を聞く他人のことはあまり気にならなくなった。父個人に対しては思うことはたくさんあるけれど、まあ、そんな話を聞いたからといって全ての人が「みっともない!」って思ってるわけじゃないんだなってこともわかった。もし「みっともない!」ってみんなに思われていても、そりゃそうだよね~娘の私もそう思います、、、って言うだけの話だったんだなって今、思う。

人の心は一定じゃないし、常に変わるもの。ちょっと瞑想なんてしてみれば、自分の思いがどんなにあっちこっちふらふらしているかって、すぐに自分にバレちゃう。だから自分が「言うこと/話すこと」の主義一貫なんて、あってないようなものなんだなって思うようになった。

むしろ、その時の思いをひとつひとつ終わらせていくこと。それには、その思いに過大な執着を乗せず、どんどん自分から放していくこと。そうやって自分の思いを怨念にしないようにひとつひとつ、そうなんだね、そう思ったんだね、じゃね、って見送ってあげるってこと。この繰り返しでしかないよなあって思っている。

矛盾がないように!って頑張ってた自分もおつかれちゃん☆だし、ちょっと不器用で可愛げがないところが可愛かったなあと思うけれど、もうそれは充分。

今はもっと自分を軽くしておきたい。軽くするため、そして得体のしれない怨念を溜め込まないよう、ひとつひとつの思いを完了して見送ること。

そう、さよならだけが人生、なのだ。

 

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