Warumiの柱

「こころミュージアム」のキュレーター。Warumiの「こころの魔法」研究報告です☆

カモメの夏。語学学校の夏。

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海沿いを歩いていた時、たくさんのカモメが目に入ってきた。このあたりはトンビも多くて、たいていちょっとトンビに注目していることが多いのだけれど、今日はまたカモメたちが街灯の上に仲良く並んでいるのが目についたのである。

 どこの国でもカモメってやつは、海沿いのまちに必ずいる。若い頃、イギリスの海沿いのまちに住んでいて、ホームシックの意味がわからない、くらいの心持ちで過ごせたのは、もしかしてちょっとこのカモメに負う所があるのかもしれない。その名も「シーガル(カモメ)」という名前の古ぼけたパブで、最初の頃はおとなしくホットチョコレートを、慣れた頃にはパイントグラスでシャンディーを良く飲んだ。ちょっとパブから出ると、季節は冬だったせいか、押し黙ったみたいに薄い鉛色の雲がたれこめていて、その雲をバックにカモメが鳴きながら飛んでいた。それを見ると、なんだかちょっと時空が捻じれたような錯覚がした。一瞬自分がどこにいるかわからなくなる感じ。

ところで異国にいると、時々こういう捻じれを感じる時があった。ロンドンの街を夜、歩きながらなぜか渋谷の(それもそんなに思い入れもない)裏通りの道が浮かんで、今どっちの道を歩いているのか一瞬わからなくなる。認知症のはじまりなのかもしれない?けれど、なかなかこの感覚は不思議で楽しくて、頻繁にはやってきてくれないレア感も手伝って、ちょっと楽しくなっちゃうのだ。アリスの一瞬疑似体験、みたいなものかもしれない。

もとい。それが、目に見えるものからか、音なのか、匂いなのか。何からそれを彷彿としているかはわからない。けれど、年を経る楽しみのひとつに、何かに想起された空間や時間に自分がぱん、と移動してしまう、というお遊び?があるように思う。老化現象ですよ、なんて言われたらちょっとムクれるけれど、まあ、一種のそんな老いの形を体験しているのかもしれない。

今日たくさんのカモメを見、鳴き声を聞いて、ふっと自分が思い出した光景が、やっぱりイギリスのどこかの小さな小さな港町の語学学校の前の海だった。

ちょうど季節はこの頃から、学生グループの語学学校研修が大挙してイギリスにもやってくる。たいへんありがたいお客様たちなのだけれど、グループの語学研修のオペレーションというものは、色々気苦労の多いお仕事なのであった。

その日も、私は日本からのクレームを受けてその処理に何時間かかけてその小さな港町の語学学校に来ていた。大半のクレームはこれが原因である。曰く、日本人の女子学生のホームステイ先には「いかなる国籍の妙齢の男の子」はいてはならぬ!例えその家の息子であってもそれはダメです!という厳しい掟である。この掟に背いた語学学校、並びにホストファミリーへの事情聴取、及びその解決が夏の風物詩であった。

出発前にあんなに入念にですよ。一軒一軒、全てのファミリー情報(その家の家族構成、男女別、年齢、職業や趣味、経験などが書き込まれている)をチェックするのだ。今、日本でもお役所のFAX問題が取りざたされているようですけれどもね、十数年前のイギリスなんてもっとすごかった。電子化されているものなど微塵もない。ってことで、郵送されてきた膨大な量のファミリー情報を、マーカー片手に血眼になってチェックするのが、私の仕事の重要なミッションのひとつでもあった。

だいたい最初のチェックの時点で、先ほどの厳しい「NEVER 男子!」の掟にそぐわない、或いは疑わしい(男女情報が不明、とか)ケースが10~30%くらいある。これを団体が日本を出発する日までに断固としてつぶす。ファミリーのチェンジを要求したり(こちらからも「このファミリーとこのファミリーを交換したらよかろう?」など提案もする)、情報開示を請求したりを、出発前までに絶対!という念力でもって成し遂げる。

これをお読みになって、男の子ひとりくらいで、何をそんなに大袈裟な~と仰られる向きもいらっしゃると思う。私も最初はそう思っていた。あの仕事を始める前までは。しかし、ひとりの男の子の存在により、ホストファミリーの手配がうまくいかなかったが為に、翌年取り扱いをする予定だった仕事が吹っ飛んだ、という事例を身近に見聞きし、自分も体験するともう、そんなことを言っておられなくなる。たかがファミリー、されどファミリーなのだ。

そんなわけでその日、私はその港町に向かったのだった。まずは研修が行われている学校に寄り、日本の営業マンに事情を確認し、その後数キロ離れた語学学校へ向かった。電話では「No プロブレム♡」なんて元気に答えていた語学学校の担当者だったが、会った途端「So Many プロブレム!」なんて笑っちゃっていて、もうがっくりである。前途多難。でも、なんとしてでも全て解決しないと、私もロンドンに帰れない。

語学学校というところはたいてい分業制になっていて、どの学校にもホストファミリーの担当スタッフがいる。旅行会社と連絡を取り合うのはセールスだったり、総括担当者だから、その人たちは実はあんまりホストファミリーのことは知らなくて、ファミリーのあれこれを知っているのは、まさにこのホームステイの手配担当者なのだ。

で、このホームステイの担当者が、、、なかなかのスゴ者ぞろいなのであった。何というか、キャラクターがドラマ並みにはっきりと立っている方が多かった。昔話に出てくるような、まるで妖精が年を取ったらこんな風になるのかしら?というようなマダムがいらしたこともある。しかし、強いと言われているイギリス女性の中でも上位レベル、といった威厳を持った担当者もいて(なぜかこのポジションは女性が多かった)この場合は要注意である。場合によって、最初にゴキゲンを損ねたり、こちらの出方次第では、問題解決どころの話ではなくなってしまう。

その時の担当者は、どうやら後者に属するマダムのようであった。初対面から既に険しい顔をしていて、もう、気が小さい私なんぞ、こちらの依頼が悪うございました、とうっかり言ってしまいかねない威厳をお持ちであった。勇気を振り絞って、にこやかに(ひきつっていたに違いない)これこれが問題であり、我々は速やかな対処を求めるものであります♡と、申し上げたが、「。。。ふん、そうかい」といったつれない風情である。いつの間にか総括担当者はいなくなっていた。

夏の繁忙期、ただでさえ忙しいのにあんたがた日本人グループは一体何だって言うんだい?と彼女は切り出した。そうですよね、わ、わかります!わかりますけどね、こういう契約でお願いをしている以上、こちらとしても何とか契約通りにお願いを、、、した、、く

「ふん!」と、無表情に彼女は電話をかけ始めた。話を内容を聞くに、どうもよろしくない感じである。電話を切った彼女は「あんたの望み通りにするには、時間がかかるね」と言って席を立ってしまった。それじゃ困るんだよう~!と私は椅子に座ってうなだれてしまっていたのだけど、しばらくすると彼女は部屋に戻ってきて、並々と紅茶を入れたマグをどん!と私の前に置いて言った。

「あんたの言ってることは私には理解できないね。男の子がいようといまいと、こんなにいいファミリーってそういないよ。私は彼らを20年来知っているんだ。なんかの事情があったにしろ、ファミリーの価値は変わらないよ。」「それでも変えろというのなら、まあ、なんとかベストは尽くすけれども、時間がはかかるね。」

私はもう必死で頼み込んだ。

お願いします!あなたが仰るくらいなら、いいファミリーに間違いないでしょう、私だったらそこにステイしたい!でもこれは仕事で、私たちにはクライアントとの契約がある。それが守れないと、返金対応をしなくてはならなくなるし、今後のビジネスチャンスも失う。そうなるとまたあなたにクライアントをお願いすることも出来なくなる。なんとかお願いします。

無言で紅茶をぐいっと飲んで、仕方ないねえというような深いため息をついた後、彼女はまたあちらこちらに電話をかけ始めた。彼女が動いてくれているのを見て、ちょっとだけほっとしたけれど、時間がかかる、と言われたことが気になっていた。その後いくるつかのやり取りをし、確認をしながら時計を見ると、予約した帰りの電車まであと2時間を切っていた。時間を気にしている体の私に気が付いて、彼女はまた言った。

「時間はかかるよ。でもやっておく。今日ロンドンに帰るんでしょ?もう、お帰りなさいな。ここで待ってたって私の仕事は変わりゃしないよ!」

で、でも、全て整ったことを確認してからじゃないと帰れないんです!と、言いかけて、あきらめた。そう言うことが、まるで彼女の仕事を疑っているように伝わってしまったら?難しい選択だけど、とにかく人を信頼してみるって、この地ではとても大切ってことを私はその頃ちょっとだけ学び始めていた。

そう仰って頂けるなら。。。と、彼女に託して、私はまた研修でロンドンに戻ることにしようと決めた。それじゃ、どうかよろしくお願いします、これからもう一度学校に行ってから帰ります、と告げて席を立つと、彼女はその日初めてうっすら笑顔でウィンクしてくれた。

語学学校を出ると、前の海にカモメがいっぱい舞っていた。その鳴き声を聞きながら、ああ、これでよかったんだろうか?本当にだいじょうぶかな?だいじょうぶでありますように!きっとだいじょうぶ!!などと、ぐるぐるとした気持ちを抱えて海沿いの道を急いだ。その後、研修場所に戻った時に顛末を伝えた営業マンにも「ほんとにだいじょうぶなんですね??」と念押しをされて、私もそう言いたいところです!とは言えず、だいじょうぶです。でももし、マン万が一なにかあればまた来ます!と夜間の連絡先を確認して、そこを後にした。

電車に乗っていてもも、駅に着いても、ベッドに入っても「だいじょうぶでありますように!」という思いだけがぐるぐるしていた。信頼が大切って本当にそうだ。でも、そうやって信用しても、結果がその通りにならなかった経験もしていた。私もため息がとまらなかったけれど、どうやら夜間の緊急連絡は入っていないようで、少しだけ安堵した。

翌日、お昼頃だったか「全て解決済みです♡」という語学学校の担当者からの連絡が会社に入った。まだ信じられなくて、本当に!?と現地の営業マンに電話を入れてみると、語学学校の連絡通り、その時の問題は解決されていた。電話を切って、また深いため息が出た。今度は安堵のため息だった。そしてお礼のメールを書きはじめた。

騒がしい夏がひと段落した頃、時々思った。あの時のファミリーの手配がもし違ったら。そのことで、ステイした学生さんにまた違った出会いみたいのがあったんだろうか。あれでよかったんだろうか、どうだったんだろうか。

これが夏のある日のカモメの思い出である。そんなこととんと知らぬ存ぜぬのカモメが目の前を沢山飛んでいる。ひともカモメもいろいろなんだろう。

 

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