Warumiの柱

「こころミュージアム」のキュレーター。Warumiの「こころの魔法」研究報告です☆

選択に迷う時、私たちはどう選べば良いのでしょうか?

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振り返ってみれば、私たちの毎日って何かを選んで決めることの連続のようなものかもしれません。

何時に起きて、朝ご飯は何を食べて、何の仕事/家事から始めて、今日の優先順位をつけてって...etcetc。改めて考えてみると、なんと選択の多い事でしょう!

朝ご飯はパンにする?ご飯にする?という程度の選択であれば、今日パンにしたところで、その後1週間も「やっぱりご飯にすればよかった。。。」などと後悔するようなことはない。

多くの選択がそんな気楽なものであればいいな~と思います。けれど、人生なかなかそうもいかない。こと、その選択が後々の人生に大きく関わるようなことであるような場合。そんな時って、私たちってとても悩みます。

今、この会社に就職すべきか否か。今、この人と結婚するか否か。今、会社を辞めるべきか否か。この手の選択に、悩まないですよ、すぐ決められるよって方って少ないんじゃないかなって思います。

私自身も色々悩んできたくちです。選択の悩みがない時がない、ってくらいな感じ。常にこういった選択に迫られるよう、自らを追い込む癖でもあるのでしょうか?「どうしよっかな~!?」って悩みっぱなしの人生。

いきなりですが、今日も歯の治療のことで悩んでます。小さな悩みで申し訳ない。しかしこの歯はもう抜いてしまうべきか、残った根を活用して治療してもらうべきか。さんざん歯医者さん通いをしている私は結構悩んでる。どちらもそれぞれメリット・デメリットがあるがために、うーん!どうしよう!?って考えてます。

でね。今日、歯医者さんの帰り道、どうしようかな~と悩みつつ、思ったんですよね。人ってなんで何かを選択する時、こうも悩むのかな~ってね。暑い中歩いてました(ほんと、毎日殺人的に暑いですよね!)

自宅の近くの川まで辿り着いて、水面を見てちょっとほっとしました。暑いですけどね、水辺はやっぱり気持ち良いんですよね~。歩きながらその川の流れを眺めていたら、水辺好きな私はだんだん嬉しくなってきちゃったんです。あ~家の近くに水辺があるってやっぱりとっても良いじゃんね!ってね。

その「やっぱりとっても良いじゃん!」って思った瞬間ね。ああそうか、選択に迷うって、選択した後に「やっぱりとっても良いじゃん!」って言いたい/思いたいからだなってね、急にそんな思いがぱっと頭に落っこちて来たんです。

いや、考えてみれば当たり前ですよね。そうだよ、幸せな選択をしたいから悩むんじゃないかって、そんなの当たり前じゃないですか!って仰られるかもしれません。

でもね。悩んでいる最中に私って、実はそうじゃないかもしれないって。

私のことを申し上げれば、ですが、選択に迫られている時って、だいたいその選択肢のことで頭がイッパイです。A案にしたら、こういうメリットがあるけど、あんなデメリットもある。B案も悪くないけど、でもA案のメリットほどメリットがはっきりしていないかも、、、ああ、それに1年後はA案でも良いかもしれないけど、長い目で見たらやっぱりB案の方が良いように思えるし、、、うーん。。。

ってこんな感じ。

そう、こんな風にちょっと前までは選択ってね。出来るだけ頭の中をクールにして、理性的に!双方のメリット・デメリットを出し尽くした上で、よくよく熟考して結論を出すものだって、そう思っていました。

もし選択を誤ったとしたら、それは考えが足らなかったからだ。自分の想像力が足らなくて、選んだ方のデメリットを詰め切れなかった。だからこうやって今、間違っちゃってるんだ。。。ってね、こんな風に思ってたんです。だから若い頃は勢いで決めちゃって失敗!ってこともあれば、年齢を重ねると色々な選択肢が見えてくるから、選択にとても時間がかかることもあるって、そんな風に思ってたんです。

まあ、たしかに間違いじゃないんですよね~それも。

でもね。今日川を見ながら思ったんです。その状態って、もしかして選択肢のことばっかり考えていて、そもそもの動機ー「やっぱりとっても良いじゃん!」っていう状態になるーってことをすっかり忘れてるんじゃないか!?ってね。そう、単純に「良いじゃんね!」を追わず、どっちの案が得するか損するか、みたいな合戦状態に忙しい感じ。

そう。質の良い選択をしようとして、そのメリットとかデメリットのことばーっかり気にして、しかしその実、そもそも選択をしなくちゃいけなくなった「動機」ってものを、完全に置いてけぼりにしてしまっている。

え?それって何か影響ありますか?と問われれば、影響は大有りです。っていうのも「やっぱりとっても良いじゃん!」っていう最終形をイメージの外において、どっちの選択がお得かなんて悩むってね。もしかして私「やっぱりとっても良いじゃん!」っていう私になる自信がないだけの裏返しだって思ったんですよ。そう、さっさと「良いじゃん!」ってなる自信がないから、うだうだ悩むのだ、と。

どうして悩むかって言えば、A案もB案もどちらもそれぞれに良いところ、ダメなところがそこそこ同じくらいあるからです。A案の方が圧倒的によければ、そもそもAかBかなんて悩まずにさっさとAに決めますものね。

ってことはね。AでもBでも本当はどっちも正解になる可能性がある。問題は、それを正解にしようとすること=「やっぱりとっても良いじゃん!」っていう状態にしようとする、自分の意思と自信が欠落してるだけってことです。

そう。最終的に「やっぱりとっても良いじゃん!」って思うようにすれば、AでもBでもどっちを選んでも良いんですよ。私たちは残念ながら可能性の全てを生きることは出来ない。どんなに天才でもお金持ちでも、選択できることは限られています。

ですからね。よき結果を得ようと思ったら、よき選択が必要!というよりは、むしろ選んだ道で「やっぱりとっても良いじゃん!」って思うように「すれば」OKなんだなって。

自分でも「な~んだ!そんなことだったのか?」って笑ってしまうほど、超絶シンプルで当たり前っちゃ当たり前なことかもしれません。しかし自分的に、ああ、そういうことだったか!って今日ね、思い至ったのでした。自分の立ち位置がぐるんと、回転したような気がしました。

もちろんこれからも選択の悩みってなくなることはないと思うし、これまでと同じように「どうしよっかな~」って考えると思う。それでも、Aかな?Bかな?って考えてしまう時。例えばA案を選んだ未来にはこんな風に「やっぱりとっても良いじゃん!」って思うだろう、B案だったら逆にこういう時に「良いじゃん!」って思うだろう。ってこんな風にシミュレーションしようと思いました。

その上で「やっぱりとっても良いじゃん!」って感じをね、より、リアルに感じられる方をさっさと選んで、選んだその道で「やっぱりとっても良いじゃん!」をどんどん見つけていけばいいんですよね、きっと。

選んだ後に「良いじゃん!」を見つけられる自信がね、ちょっと持てなかったみたいでしたね、私。そんなに自分にプレッシャーを与えなくてもいいじゃんか、私。

どっちにしても悩む時点で、どちらを選んでも「やっぱりとっても良いじゃん!」って思えることは必ずあるんです。それだけ拾っていけばいいんだから、自信がなくても大丈夫。目の前に見えるものを拾い続けるだけです。自信は関係ないよ、オキラクゴクラク

ってことで、選べなくて困っている方、なんかどっちでもだいじょうぶみたいですよ、どっちでも☆という身も蓋もないようなお話でした。でもほんとに、だいじょうぶですからね~☆。さっさと「やっぱりとっても良いじゃん!」になりましょう。

 

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